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体重50kgの人物
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思考実験目次はこちら


【体重50kgの人物】

体重がジャスト50kgの人物は存在するかどうか。



この思考実験のベースになっている考え方は、測度論というものです。非常に数学的に、論理的に解釈した確率論と考えて貰ってよいです。

数学的には、適当に一人の人物を選んできたとき、その人の体重がジャスト50kgである確率は0です。確率ゼロとか測度ゼロと言われます。これは50kgに限らず、連続量においてピンポイントで選ばれたある値に関して、適当に選ばれたものがその値をとる確率はゼロです。

ということは、体重がジャスト50kgの人はこの世の中に絶対に存在しないのでしょうか。
これは、実はそんなことはありません。確率ゼロと絶対存在しないということは別物なのです。ちょっとユニークな方法で、確率ゼロであるということと絶対存在しないということが同じではないことを示してみたいと思います。

まず確率ゼロ=絶対存在しないとします。とすると、任意の値aに対して、適当に選んできた人の体重がa kgである確率はゼロです。よって、体重がa kgの人は存在しません。よって、いかなる体重の人も存在しないことになりますが、これは人間には体重があるのですから矛盾です。よって、前提の確率ゼロ=絶対存在しないということが偽であることが示されて、確率ゼロであることと絶対存在しないということは別物だということがわかります。

実はこの話、背理法ではない明快な証明方法をひとつ考えていたのですが、それはどうも良くない例だということが後から分かりました。それは、次のようなものです。

私の体重はb kgである。適当な人を選んだとき、体重がb kgである確率はゼロである。しかし、適当に選ばれた私の体重はb kgであった。よって、確率ゼロの値がたまたま選ばれる場合も存在する。

この例で最もまずい部分は、bという値が私の体重を観測してから定められた値だということです。このように恣意的に選ばれた値に対して議論するのであれば「条件付確率」という考え方を使わなければならず、今回の議論には不適切です。ランダムと恣意的な決定は違うということを念頭に置かなくてはなりませんね。


いずれにせよ、先ほどの背理法を用いた考え方から、確率ゼロであるということと絶対存在しないということが同じではないということは分かりました。よって、体重ジャスト50kgの人が存在しないとは言えないという結論です。
| 科学 | 23:54 | comments(6) | - | - |
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| - | 23:54 | - | - | - |

へー、面白いですね。
勉強になりました。

僕は以前、こんな↓ことを考えていました。
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1278430742

未だに、すっきりした解答を自分の中で掴めてません。

嘘になってしまう確率は100%、
だがしかし、絶対に嘘になってしまうとは限らない、
で合ってますか ^ ^ ?
| 魚田阿萬 | 2013/04/07 2:17 AM |
>魚田阿萬さん
それで概ね合っていると思います。

ただ、リンク先の話題で、細かいことなのですが
前半のBさんの「だったら、この501円のリンゴは買えないね」は、誤りですが、
後半のBさんの「でも、500円あれば、この500円のミカンは買えるじゃん」は誤りではありません。
これは嘘かどうかではなく、誤りかどうかの問題です。

前半のBさんは「Aさんには501円のリンゴは買えない」ことを主張していますが、実際にはAさんに501円のリンゴが買えるので誤りです。
後半のBさんは「もしAさんが500円持っているのであれば、Aさんは500円のミカンが買える」ことを主張しています。前提の真偽に関わらず、これは正しい命題です。
細かい話で申し訳ありません。
| 考える足 | 2013/04/08 10:22 AM |

なるほど。
そういう細かい指摘、大歓迎です ^ ^ 。

でも、そうすると、前者も、
「だったら、この501円のリンゴは買えないね」の「だったら」の内容を具体的に表すと、
「500円しか持ってないんだったら」になるから、誤りではないってことになりませんか?

どっちも、Bさんの発言は、
命題自体は真であるにもかかわらず、結論が否定できるので、前提も否定される。
って、感じですかね。
| 魚田阿萬 | 2013/04/08 11:43 AM |
>魚田阿萬さん
確かに、仰るとおり「だったら」を「あなたの言うことが正しい(真である)とすれば」と解釈すれば、誤りではないことになりますね。失礼しました。

概ねそうだと思います。ただ、また重箱の隅をつつくような話なのですが、「命題自体は真であるにもかかわらず」という表記はちょっと違和感を感じます。

結論が否定できるからと言って必ず前提が否定されるとは限らないのです。

含意命題(PならばQの命題)が真であり、なおかつ結論が偽であれば、対偶証明法により前提が偽であることが証明されます。

なので、書き方としては「命題自体は真であるにもかかわらず」ではなく「命題自体は真であるからこそ」とかかなぁと思います。
| 考える足 | 2013/04/08 11:20 PM |

うーん、僕も、対偶を利用して前提を否定したつもりだったんですが・・・・・・、
文章の流れ上、「にもかかわらず」になってしまいました。

これも微妙ですね ^ ^ ; 。
| 魚田阿萬 | 2013/04/09 12:36 AM |
>魚田阿萬
対偶のことなのだろうなと思いながら読み進めつつ、元々数学の畑に居たもので論理の話になると細かい部分に敏感になってしまいました。失礼致しました。
| 考える足 | 2013/04/09 12:47 AM |